Singer's deadpan diversity reflects life's complexitiesーasahi.com【更新】
これは、日本語版はあるんでしょうか?
ちょっとそれらしいリンクは見当たらないんですが。
そこそこ面白い文章です。
が、個人的には飽き飽きしたテーマでもあって、訳すかどうか迷ってます。
もうこの話はうんざりなんだよ!というのが本音に近い。
でも、日本の音楽誌はインタヴューが中心で、まとまった量の批評はあまり見かけませんよね。
そう言う意味では貴重なんだけど。
もしこの後あまりニュースが出なければ、嫌悪感を押さえつつ訳すかもしれません。
そういえば、今日の朝日新聞にBeckの来日公演の広告が載ってましたね。
生活の複雑さを反映する無表情な多様性
ミュージシャンが成功するにはいくつかの通り道がある:
楽器の達人、オーディエンスとの強烈な感情的コネクション、生き生きとしたメッセージ、もしくは、あの「カリスマ」と呼ばれるミステリアスなX-ファクター。
成功するミュージシャンは、このような素質を複数持っていることもあるし、場合によっては全部持っている。
Beckー3月に日本に最新作"Modern Guilt"をもたらす、一癖あるシンガーソングライターにしてマルチインストゥルメンタリストの場合、奇妙なことは、彼がこのうちどれも持ち合わせていないように見えることだ。
彼のブレークスルー、1994年のヒット作"Loser"以来、Beckのキャリアは、広範囲の音楽的エクレクティシズムと無表情で、皮肉で、感情のこもらない歌唱スタイルという2本の柱の周囲に築かれて来た。
音楽のテクスチャーとエフェクトを選びミックスすることができる音楽的な何でも屋である彼には、どれかひとつの楽器の卓越したパフォーマーになるために不可欠なひたむきさがなく、また、彼の選んだ歌唱スタイルは、感情表現や心からのメッセージやカリスマに対抗するものである。
私たちに残されるのは、熟達者、エクレクティクな音楽的コクマルガラス(注:よくなつき人語をまねる。また、光るものを集めるといわれている)である。そしてそのコクマルガラスは一種の「感情不全」に苦しんでいるように見える。
たとえば、このアルバムからデジタル・リリースされた"Chemtrails"で、彼は、飛行機雲から環境に放出される有害化学物質により、私たちすべてが汚染されているという恐ろしい可能性について歌っている。
この悪夢のヴィジョンは、泡立つような音のベースと休みなくループするドラムブレークが入る、サイケデリックなPink Floyd的雰囲気の、巧みに構築された音楽的テクスチャーに対峙する。
人間的な感情という観点から言えば、唯一の問題は、彼がこの悪魔的陰謀について彼のトレードマークの声(無関心なふたつのパートから眠そうなひとつのパートへ)で歌っていることだ。
このことは、Beckが、(a)自分が歌っていることに関心がない、か、(b)自分が歌っていることを信じてない、という印象を形成する。
その効果は、実際に、この曲からすべての感情的共鳴を取り去る。
Beckが、このような歌い方をする唯一のミュージシャンだというのではない。ポピュラー音楽では、倦んだ、鈍い、感情的に実体のない声の例にこと欠かない。そのようなヴォーカルの魅力は、現代生活の慌ただしいテクスチャーと深く関係している。
Beckの作品のエクレクティシズムと多様性は、私たちが日常生活で直面する多様性や複雑さとオーラ的に等価なものであり、それが生み出すのは、知覚的過負荷と感情的過拡張の感覚である。
このことが、皮肉な冷静さを、許容可能なアティチュードとヴォーカル・スタイルにしている。
冷静さと皮肉は、結局のところ、このどうにもできない、不本意な、あるいは、生き生きとした感情的なやり方で現実と戦うには倦み疲れ過ぎていることの防御メカニズムである。
予想外の音楽的ひねりやターン---デイジーチェーン・ハーモニー、ビートのシャッフル、ディスコのナゲット、ヒップホップのレイヤー、アシッドギター、サンプルとループ。聴く者をそれらで圧倒しようとする一方で、Beckは、その感情を表に現さないレイドバックしたヴォーカルによって、呆然とした感情と感覚の遊離を提示する。
しかし、これは器用に自信を持ってなされたものではない。
音楽の中にひきずっている本心に、彼は決して実際に幸福でないか、彼自身に満足していないという感覚が存在する。
ことによると、これは彼のサ*エントロジー・カルト(彼は2005年にそのメンバーであることを認めている)との不本意な関係の結果かもしれない。
あるいは、多くのカリフォルニア人を特徴づける休みない不安定さかもしれない。
理由が何であれ、巧みにプロデュースされたアイロニーと冷静さの下に、私たちは時々、もっと混乱した感情的に本物のBeckを捉える。
表面的には反戦ソングである"Walls"で、彼は彼自身の感情的孤立について語っているように思われる。
”きみは気晴らしを宗教であるかのように扱う/きみのリズムの中のガラガラヘビのステップで”、と彼は歌う。もしかしたら、彼は、いかに音楽を彼の感じていることを表現するよりもむしろ隠すために使っているか、について言及しているのかもしれない。
一方、コーラスは問いかける、”なあ、きみはどうするんだ?/あの壁が落ちて来たら/きみの上に倒れて来たら?”
訳してみたら、始めに感じたよりも面白い文章でした。
同意はしないですけど。
というか、そこはちょっと違うんじゃない?と言いたいところはいくつかあるんですけど、全体としては面白い文章だと思います。
【追記】
これを書いた人は外国人のようですが、Beckについてよく知ってる人ですね。
たいていの評論家が書いたものは、どうしても一夜漬けでリサーチして書いたような雰囲気があって、まあ、仕事でやってるんだし、ファンが持ってる情報と較べたら気の毒だしと思って、いちいち指摘しないんですけど、この人はファン並みにBeckについて詳しいか実はファンかどっちかなんじゃないかな?

